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ブログ掲載版「徳之美人名鑑−擅の紅−」

  

2018年8月に配布したUO本のブログ掲載版です
  

徳之美人名鑑−擅の紅−

   
すっかり日も暮れて、
訪ね人もないだろうと思われた矢先に、表戸を叩く者があった。
戸締りを終えた後の引き戸が横滑りして、化け狐が顔を出す。
一旦、引き戸は閉じられ、仕切り直し。妖艶な女が現れる。
表には娘が1人。
息も絶え絶え、庵(いおり)の壁板に寄りかかっていた。
 
「心無い夜盗に斬り掛かられたのです。
 傷口を洗わせてくださいませんか。」
 
(心無い夜盗…ね。)
  
女主人の擅(たう)は、訝(いぶか)しく思いながらも、
自身の住まう湯庵に、娘を招き入れる。
公共の湧湯の傍らに、勝手に住みついているのだから、
断るわけにもいかない。
 
「心苦しい願いではありますが、傷を洗っている間は、
 けして中を覗かないでいただけますか。」
  
「あい、分かりました。どうぞ、ごゆっくり。」
  
理由も問われぬのを、些か面食らいつつも、
たどたどしい足取りで、娘は湯殿に向かい、仕切り戸を閉じる。
やがて間を置かず、断りもないままに、
擅(たう)は娘のいる湯殿に踏み入った。
  
洗い場には、血のように赤い毛並みをした小狐が1匹、
無反応のままに、身を横たえている。
掛け流しの湯が血の色を取り込んで、
何処かへ連れ去ろうとしているかのようだ。
  
「長くないね。」
  
擅(たう)は狐に語る。
 
「お前さん、赤ん坊を抱えているようだが、
 腹を割いて取り出せば、助かるかも知れない。
 それとも、一緒に連れていくかい?」
  
「産む…切ってくれ。」
  
語りかけねばよかった。そう擅(たう)は思う。
  
「私は、育ててなんかやらないよ。
 いずれ助からない命。なぜ、産もうとする?」
 
瀕死の狐は答える。
 
「わからない…が、これは本能だ…。
 私は畜生だが、畜生なりに、精一杯生きた…。
 次に生まれ変わっても、やはり畜生かも知れないが…
 そうでない輪廻さえ、在るやも知れぬ…。
 腹の子は畜生として授かってしまったが…
 喩え、生まれた直後に命を失ったとしても、
 生まれ持ったカルマを、わずかながらも、
 削ぎ落とせるだろう…。
 この子にとって、生は無駄ではないし。
 この子の命は、この子のものだ…。」
  
それきり、血狐は押し黙ってしまう。
左目は半眼のまま、
擅(たう)に最期の懇願を訴え続けているようであり、
はたまた、すでに涅槃を見ているようでもある。
   
腹を割いて胎嚢(たいのう)を破ると、
微かに脈動する、手の平ほどにも満たない命が、
熱を伝えてくる。
臍帯(さいたい)を切り離し、
胎盤(たいばん)を剥がした擅(たう)は、
取りあげたばかりの狐の赤ちゃんを、
母親の傍らに、そっとおいてやった。
  
掛け流しの湯が、赤ちゃんに付着した体液を洗い濯ぐと、
生命の息吹が始まる。
その一方で、母親の末期の血が混じった産湯は、
生まれたての毛色を染めあげていくようで、
擅(たう)は、最期に両の掌を合わせて、血狐を見送った。
  
いまでは、死せる狐に冒頭とった、自身の態度を恥じている。
少なくとも、血狐は、擅(たう)の知らない、
輪廻の先を教えてくれたのだから。
 
 
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