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ブログ掲載版「徳之美人名鑑−澪の章−」

 

2017年3月に配布したUO本のブログ掲載版です
文章が太字重複している部分は配布時
緑字のラインのみ掲載していました
 

「徳之美人名鑑−澪の章−」

 
外は春待ちの雪が降り続いていた。
この雪が止んだら、芽吹きの足音が、
辺りに聞こえてくるはずだった。
 
東西に運河を通す中洲の町で、川留に遭ったまま、
2日目を迎えていた。
身持ちのない旅人に寝床を提供する、
村寄合の納屋に数名。
翔太郎が炭を取る差し向かいに、親娘3人。
娘は十をわずかばかり越えたところか。
そして翔太郎の右手隅に、薬行商と思しき初老の男が、
草履を手直ししている。
中州という事情もあり、
これら5名の他に増えもせず減りもせず、
娘の澪(みお)が時折り、翔太郎の傍へ寄ってきては、
笄(こうがい)細工に興味を示していた。
 
昼からは晴れ空。
納屋の旅人たちにも安堵の笑みが綻びかけたものの、
翌日になっても、川留が解かれない。
 
「この季節にゃ、よくあることですよ。
 雪解けで水嵩が増しているのでしょう。」
 
独りごちた薬売りは急ぐ気配もなく、
生鮮行商に比べれば、気楽な心持である。
一方で翔太郎にしても、あと二日ばかりあれば、
懐きつつあった澪(みお)に、
初めての髪結具(かみゆいぐ)を誂えてやれる。
そんな思惑を、愉しみに変えていた。
 
「金工師の兄さんを気に入ったのなら、
 いっそ嫁に行ってしまえばええのに。」
 
川留されて3日。
そんな冗談含みも交わされるようになる。
昨夜遅くまで細工に没頭していた翔太郎は、
昼まで寝こけていて、
まどろみの中、澪(みお)の父親と薬売りが会話するのを、
それとなく聞いていた。
 
「今まで何をしていたんだね?」
 
「葉剣で杭 繋いでおりました
 派遣で食いつないでおりました
 
 十(とお※巳の刻)に止めましたがね
 とおに辞めましたがね」
 
川留の状況は、
それほどまでに悪いのだろうか..
 
「どうなさる?」
 
「どうしようもない
 
 娘を連れて行くしかありませんよ
 娘を連れて 逝くしかありませんよ」
 
「この娘かね 帰ればいいのに
 この娘 カネ替えればいいのに」
 
「そうですかね にしても澪(みお)も..
 そうです カネにしても身重..
 
 気候はよくないです これでは根も張れぬでしょう
 奇行はよくないです これでは値も張れぬでしょう」
 
その言葉を最後に、
 
彼は妻へ促したうえに 乾ききった身を起こし
彼は妻へ促した 飢えに渇ききった澪(みお)起こし
 
親娘3人は、納屋を後にする。
 
昼を過ぎてまもなく、目を覚ました翔太郎は、
親娘が納屋から失せているのに気づき、
訝しく思っていると、
薬売りが無表情で、炭を焼(く)べながら語る。
 
「兄さんは昼前に、わしらの話を聞いていただろう。
 つまり.. そういうことだ。」
 
まだ川留は解かれていないはずだった。
完成したばかりの笄(こうがい)を握りしめて、
翔太郎は納屋の引き戸を、乱暴に開け放つ。
 
外は積もらない雪が降り続いていた。
 
春待ちは遠く、いたずらに地面を濡らすのみで、
親娘3人の行方は、永遠に失われていた。
 
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